羅小黒戦記とpixivの形したロキソニン

昨日の午前「羅小黒戦記」を観に行ったあと何故か両腕がバキバキに痙攣して体温がものすごく高くなって頭がグラグラしてきて、自分のカバンについてるポケットの位置が分からなくてその中に入れた駐車券を取り出すことが出来ず廊下の壁に手をついてゼエハア言ってた。あのタイミングで検温されてたら違法入場を疑われてユナイテッド・シネマ職員に麻酔銃撃たれてたと思う。

腕がバキバキになったのは多分最初から最後まで全く体勢を変えていなかったからで、ムチャクチャ暑かったのはコートを脱いでいなかったからだということを車に戻って今更気付いた。
床ずれと熱中症もどきの悲惨コンボ技に遭ってたかららしいけど映画の内容に2時間弱休むことなくボッコボコにされた直後だったので、心身共にマジの満身創痍で今ここで寝たらそのまま静かに死ぬんだなと本能的に悟った。寝るな!死ぬぞ!という気持ちになった。
体勢変えるのなんかほぼ無意識で行うことやし、暑いなと気付いたら上着くらい脱ぐアクションすると思うので、そういうことを考える隙が全く一切無かった。成人してなかったら死んでたと思う。凄い映画を観た…。

「中国アニメーション」「妖怪大戦争」の前情報だけ持って劇場に行ったのと、このシアターに入るまでにポスターも見てないままだったので映像を観て初めて絵を知ったし、妖怪は出てこなかった。妖怪ちゃうやんけ!!となりました。
座席に着くまで絵を知らなかったくらいだったのと妖怪ちゃうやんけ!!やったので、ほぼ中国のアニメだよという情報しか持って行かなかったということになる。すごい丸腰。真夏の少年でももうちょい厚着してる。

 

今まで同じ映画を2度観た事がなかったけど、それはあの約2時間1発勝負の中でどれだけ理解できるかっていう競技だと思っていたというか、数回観てようやくなるほどね〜?ってなるなら自分はその映画の対象外だったんだなと思ってた。
映画制作側も1発でどこまで伝えられるかの表現力の闘いというか、映画を観るっていう一つの行為を「作った側」と「観る側」の決闘だと思っていたフシがある。
何度も見て頂けるならそれはとても嬉しくて有り難いことだとは思っているけど、作る側が何度も見て頂く前提の訳はないし、よくゲームしてるけどゲームも映画と同じでクリアしたら基本的に2周目はしなかった(神宮寺三郎の夢の終わりにだけ数年後に再びやった)。だから長時間要するコンテンツは1度限りでどこまで得られるかの競技だと思っていたから、今回も羅小黒戦記おわったら罪の声でも観に行こうかなくらいのテンションだった。瀕死になったので回復を待って運転してそのまま帰ったけど。

でも今回は、どうしてももう一度行きたくて、そう思いながらも正直「何を観に?」と思った。何を観たくてもう1度行きたいんだろう。
展開は分かったし話も理解したし、さっきの1発勝負論でいうと思い残すことは何もないし最高の映画だったと思う。たった2時間でムゲン様にガチ恋して心臓が過労で倒れそうやったし、映像も音楽も圧巻で、実際のところどれだけ理解したかでいうと「自称・割と理解した側」になったと思う。でも行きたい。行きたいけど、何をしに…。という話を一気に話したら『オタクの新鮮な悲鳴、好きですね』と電話口の常務に言われた。目の前にいたら腹パンしてたと思う。

同じ穴のオタクなのに高みの見物されて絶対に同じ地獄に堕とそうと決意。今日レイトショー行こうと約束して電話を切る。初めて観た8時間後に同じ映画を2度観に行くことになった。

常務の自宅近くの映画館に向かいながら「う、怖い、嫌だ、行きたくない、観たい、行くぞ」とメッセージ送ったら『怖い』と返事が来た。そんなの私もですけど…。
座席に着いて熱中症対策のために(⁇)真っ先にコートを脱ぐと右隣でまさか今から自分が死ぬとは思っていない常務は余裕でツイッター観てた。あなた今から死ぬんですけど大丈夫ですか?

2回同じ映画を観ると、すでに最大のネタバレ(本編フル視聴)を食らった後なので1回目では目が足りなくて見えなかったところとか、言葉のニュアンスとかがより鮮明に見えてきて別の角度から同じ宝石を覗いたような感覚だった。そこにはまた別の顔があって、変わったのはこっちなんだけど。
フーシーと初めて会ったときにシャオを追いかけてきた3人組のチンピラみたいな人たちも操られてたってことに気付いたり(アクウが出てきたの後半だったけどこの時点で仲間だったんだなっていう)(やけに真っ直ぐシャオが隠れてる箱をピンポイントで見つけたなと思ってたけど)フーシーの計画っていつからあったことなんだろうとかある種のメタ視点で映画を観ていた。

「我慢の限界だ」で決行を決意したんじゃないかと思ったけど、その1日前にシャオを仲間にしてるし、計画を実行するためのピースを手に入れた翌日にたまたま決意しただけなのかなとか思っちゃって。
その為に僕に親切にしたのかという後半の問いも「その為に仲間にしたけどその為だけに親切にしたわけじゃないよ」が…答えだとおもうけどフーシー自身がそういう矛盾した答えを受け入れられる男じゃないので、だから矛盾した答えを言わないっていう、、、侍やないか。
ムゲン様を感じたくて2周目行ったのにフーシーに完落ちした。この辺で気づいた、私はこの映画をその場で感じる為にここにもう1度ここに来た。

「我慢の限界だ」がかなり序盤で出てそこから物語が動き出したけど「人間のことが嫌いなわけじゃない、いい思い出もある」「人間は弱いから自然を崇める」「ずっと考えてきた」みたいな発言の全ても、一般的な平均?の我慢なんかよりもずっっっっっっと長い期間の我慢だったんだろうなと。ムチャクチャ我慢強い男だと思う。作中の誰よりも、いいや、この世界の誰よりも・・・ウ、ウグアアアアアア

「コソコソ暮らせっていうのか」みたいなセリフも、居場所を奪われた側がなんでそんなことしなきゃいけないんだっていうのも物凄く筋が通ってるし、フーシーが1回も間違った事言ってないのが尚更切ない…。
ちゃんと字幕版も観て脚本も読ませて頂かないとなんとも言えないけど、ムゲン様もシャオもフーシーの主張を真っ向から論破出来てはいないと思う。
フーシーは何十年も脳内裁判的な、自分の中で理性と本能のディベートを続けてきた人だと思っているので、他の誰かが言うセリフも、過去の自分から聞いた言葉だから響かなかったんだろうなって。自分の行いへの反対意見をちゃんと持っているし忘れていないから、最後の最期の言葉がああいう風に…なったのかなと…。誰と何を話しても「そんなことは分かっています」のオンパレードだったろうな。

爺が「フーシーのこと嫌いじゃないけど」って言ってたのもすごい分かる。
妖精としての本性を持ち続けて今もそう生きてる自分と同じ種族のひとりのこと嫌いになるわけない。賛同するかは置いといて、妖精の本能から見たらやっぱりフーシーは勇者だと思うし、みんなの理性や価値観やプライドやら色んなものとの天秤で今の生活があるわけで。フーシーにもあったその天秤は長い年月をかけてみんなとは別の方向に傾いてしまったけど。
人間が作ったスマホ使ってる妖精も、住んでた場所が観光地になったと笑える妖精も、人間のことも自分自身の今も全肯定しているわけじゃないのは同じというか。比較的、爺さんたちの方が現状に納得している側ではあるけど、だとしても何もかも肯定しているわけではないこの微妙なグラデーションがみんなの分ちゃんとあって。「それとこれとは別」が色んなところに書かれていて、やっぱり全員が幸せになるにはどこかの少数派が我慢しなきゃいけないんだろうかと考えた。

そういう折り合いの付け方における「境界」の描かれ方が色んな所にあって、見える境界も見えない境界もこの世にはたくさんあるんだなと思った。やっぱりその境界が見えやすいのは我慢している側だと思うので、フーシーたくさん境界見てきたよねと思うのと同時にムゲン様も見てきたよねと思ったり。
どうしたら全員生きたまま幸せになれたのかをずっと考えている。フーシーがあれで幸せエンドだったのかはフーシーにしか分からないけど私はやっぱり生きていてほしかった・・・・・・・・・・ので・・・・・・(消え入りそうな声)

ずっと強奪されてきた側のフーシーがずっと隠してた力が「強奪」っていうのも、胃がギュウとなった。いつでも奪い返せたんだよな・・・みたいな・・・。なんか列車ひっくり返したり工場叩き割ったりしてたけど、そもそもフーシーは死人を出した事故を起こしたことはありそうな気がする。。。。作中の電車脱線のシーンの躊躇いのなさってムゲン様が全員救えると分かってたから時間稼ぎでそうやったのかな・・・それとも・・・(ここで静かに目を閉じて生き絶える)

常務が個人的にムチャクチャ好きな哪吒様を見て立ち上がりそうになったとか言ってて我慢してくれてよかったし流行りの映画は大体観てるのに「ここ最近で1番よかった、想像の200000倍よかった」などと言っていたのでとりあえず許した。

 

 

私が発病してから優しいフォロワーの皆さんが本家の原作動画のリンクや神イラストの検索のやり方やオンリーイベントの情報や同人誌の作り方をDMでバンバン送ってくれてて「みんな・・・」となった。本家公式同人誌なるものを見たら突然の学園パロディでヨダレ出たしムゲン様が教師なのは””カ〜〜解釈が合うぜ””と思いました。
中1の時に柳バトシロー先生の御本読ませて貰ってから同人の世界を知り、三国無双のオンリーイベントで好きな作家さんにラブレター渡しに行ったり間桐雁夜ガチ恋時代にインテ大阪行ったり新垣樽助パイセンを遠目で見に行ったことを思い出して血湧き肉躍ってきたけど「仕事にどハマりしてるから今の職業がある」と思うと、これ以上何か別のものにハマると死活問題というか、生活の全てが変わりそうで怖い…と思いながらこの「今この瞬間の私は羅小黒戦記を観ていない」という苦しみを紛らわせるために数年ぶりにpixivのアカウントを取ってずっと居る。ずっと、居る。

すごいよpixiv、pixivの中だとフーシーが生きてる。すごい。すごい・・・・。ありがとうございます、この世にいらっしゃる何かを生み出せる全ての人々ありがとうございます…。
pixiv凄すぎてpixiv見てない時間はいつも映画の内容思い出し苦しみ発作が起きて、pixiv見てるときは心が穏やかになる。フーシーが生きている世界にしか生きていたくない。pixivをロキソニンみたいな使い方しててすみません。でも、だってここにフーシーが生きている世界が…!!うう、フーシーが生きてる…!!みんなのハートの中に生き続けているけど、それを絵や文章にして見せていただいてて感謝しかない。救われる命、ここにあります。ありがとうございます、ありがとうございます。

仕事しながらずっとpixiv開いてますが合間に仕事してるフリをしています。私は3回目行くんだろうか。字幕が観たいオタクはどうしたらいいですか。もっと劇場に行けばいいですか。フーシー・・・・・うううう・・・・・フーシー・・・・・・・・・・・・